理想の袋小路
トヨタとマツダの理想を追求するスタイルの違いの話。
もともとの記事は(下のリンク参照)スバルに対する𠮟咤激励の話なのだが、興味をそそられたのはこの理想の話だったのでこちらをご紹介。
(ちなみに僕も自称スバリストなのだが、いまやトヨタに飼いならされて戻れそうにもない。。)
理想に向かうスタイルは違えど、トヨタもマツダも結局高みを目指していることには変わりない。ところで、これまで色んな社長に会って話しても経営スタイルは同じ業態でもぜんぜんちがう。それでも社長はそれぞれ自身満々に語る。似たようなものなのかとこれを読んだときに思った。
結局自分たちの信念なんだろうなと。
「理想のエンジニアリング」と言えば非常に聞こえが良いが、実はそこには決して到達してはならない。理想が達成されるということはそこで進化が終わるということだ。
同じ理想ということに対してトヨタとマツダの考え方はとても面白い。トヨタは言う。「われわれのやることは必ず間違っている。だからカイゼンができる。カイゼンする必要がない状態は永遠にない。問題がないと言うヤツは問題が発見できない無能なヤツだ」。
無能だと言われたくないトヨタのエンジニアは、必死に自分の至らないところを探し、外にアピールする。そして問題を見つけたエンジニアは拍手喝采を受けるのだ。だからどうしたってオープンになる。オープンになる仕掛けがあり、間違いや問題を顕在化させることこそが手柄であり、その顕在化はチームのこれからの仕事の保証でもある。解決すべき問題があるからこれからも仕事があるのだ。
無限かつ最速でカイゼンし続けていくことこそがイノベーションを生むとトヨタは言う。問題はなくてはならないのだ。
一方のマツダは、
「できるできないは問わない。本当の理想を定義しよう。それは今実現できないもので良い。いやむしろその方が良い。われわれにはお金も人も足りない。実現可能な範囲で目標を設定したらその目標はしょぼい。だから高邁な理想を遙か遠くに描いて、そこへ1歩近づくことを目標にしよう」。
トヨタは間違い探し競争でオープン化し、マツダは全員が共有するとんでもなく高い理想を見てそこへの距離を少しでも詰めようとする。常に「道半ば」だ。他部署が自分のテリトリーに踏み込んで来て「全体最適化のためにここをこう変えろ!」と言う。内心「うるさいな」と思いつつも「お前それで本当に理想に近づけるのか?」と言われれば、理想の方が上位概念である以上、飲まざるを得ない。どちらの会社もオープン化のためのシステムがあるのだ。
自分たちの確たる信念があるのは格好いい。
この記事は以下のリンクから引用しました。
https://www.itmedia.co.jp/business/articles/1902/18/news042_4.html